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2007年08月07日

●続時計の小話・第63話(鎖引き機構)

懐中時計では、鎖引き機構(チェーン・ヒュージ)を採用した時計は、過去には存在しましたが、腕時計にこの鎖引き機構を採用したのは、ドイツのランゲ&ゾーネが1995年に、初めて開発し発売しました。

今年、五月にランゲ&ゾーネの鎖引き機構を採用した腕時計の、二作目が日本初登場しました。

この『トゥールボグラフ・プール・ル・メリット』と名づけられた鎖引き機構採用の腕時計には、トゥールビヨンとスプリットクロノグラフ機能を併せ持つ複雑腕時計です。完全自社開発のCal.903.0は、43石 21600振動で、プラチナケースでは世界51個の限定生産で定価は、なんと5,150万円もするそうです。

部品総数が600個にも及ぶそうなので、大変な手間がかかりそれだけの価格がするのでしょう。次回の日本入荷が3年後だそうで、組立調整に一流の時計職人が念入りに携わっているからに違いありません。

鎖引き機構とは、ゼンマイのトルクを一定化する為に考案されたものです。

香箱車と円錐形をしたヒュージの間を、チェーンで繋いでいる為に、輪列車にゼンマイのトルクを一定化して、繋げる事が出来る優れた機能です。(自転車の多段式変速ギアの効果を連想していただければ少し判って頂けるのではないか?と思います。)

ゼンマイのトルクが一定化する、という事は、テンプの振り角が全巻き状態と、ゼンマイ巻き上げ残量が少ない時と、さほど差がないという事になります。テンプの振り角が安定化するという事は、ひいては歩度の精度が良くなり乱れもなくなり、姿勢差も起きにくくなります。

今から30年以上前の国産腕時計では、ゼンマイ全巻きの時に、テンプの振り角が300度あったものが、24時間すぎるとテンプの振り角が180度以下に急激に落ちたのが当たり前でありました。テンプ振り角の大幅の減少により、歩度が大きく乱れる原因になり、その為に全巻き状態ではヒゲ棒、ヒゲ受けのヒゲゼンマイのアソビを両アタリにし、ゼンマイが解けるに従って、ヒゲ棒、ヒゲ受けの間のヒゲゼンマイを片アタリにして遅れの発生を是正する様に調整したものです。

現在では、部品の加工精度が著しく進歩した為に、このような事は起こりにくくなってきましたが、それでもこの鎖引き機構を搭載し、トゥールビヨンを併せ持つこのランゲ&ゾーネの腕時計の精度は、恐らく推察するに日差-1~+1前後の超高精度が出ているものと思われ、機械式腕時計では、世界最高度の精度が出ているものと推察しています。

如何せん価格が天文学的な数字なので、購入する人は限られ、中近東の石油産出国の王侯貴族か、欧米及び日中の、IT関連長者が買うのではないか?と思われます。(5,150万円と言えば、中小時計店の年商の売上高に匹敵する金額ですからビックリします)

先日、テレビを見ていましたら、ロシアのサンクトペテルブルグのエルミタージュ美術館に、エカテリーナ女帝(1744-1810)が、イギリスの時計職人ジェームス・コックに命じて作らせた、豪華壮大な『孔雀のカラクリ時計』が展示されているそうです。

この時計は、にわとりと梟が時刻を告げ、孔雀が綺麗に羽根を広げるという複雑な機能を持ったカラクリ時計です。この時計も恐らくエカテリーナが、金の糸目をつけずに注文した時計と思われ、金額も恐らく当時としては天文学的な数字になった事でしょう。

小生の知人夫婦が、二組、サンクトペテルブルグに旅行してこられてお話を聞きましたが、言葉で表現出来ないほど美しい街で、料理も美味しく、日本人旅行客に対してもとても友好的であったそうです。

小生もいつの日か、この『孔雀のカラクリ時計』を拝見しに、また若い頃愛読したロシアの文豪ドストエフスキーが住んでいた、サンクトペテルブルグに訪れてみたい、と思います。