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2007年04月24日

●続時計の小話・第57話(フリースプラング方式)

緩急針(ヒゲ棒、ヒゲ受け等)の無い精度調整機構のテンプをフリースプラングと言います。
フリースプラングを採用している時計メーカーは、高級腕時計を製造しているメーカーが多くあります。

パテックフィリップ(ジャイロマックステンプ、マスロット偏心錘)やオーデマ・ピゲ、ランゲ・アンド・ゾーネ、ショパール(ヴァリーナ・テンプ方式、偏心錘がテンワのリムに埋め込まれている方式)、ブレゲ、ジャガー・ルクルト、ローレックス、等々があります。

その中で一番有名なのが、ローレックス社のマイクロステラ・テンプであり、パテックフィリップのジャイロマックス・テンプと言えます。

そのフリースプラング方式を採用しているメーカーの中にオメガ社も最近仲間入りを果たしました。オメガ社はコー・アクシャル脱進機を搭載したテンプにフリースプラング方式を採用し、一対の調整用マイクロスクリューを取り付け、スクリューを回転する事により、テンワの慣性モーメントを変換して緩急調整する方式です。

最近、新開発されたオメガ社のCal.8500は2対の調整マイクロスクリューを採用して、より高度な精度調整が簡単に出来る様に進化させています。

オメガ社のフリースプラングは、平ヒゲですが、ロレックス社のフリー・スプラングはCal.1570、3135の様にブレゲヒゲを採用しています。平ヒゲのフリースプラングとブレゲヒゲのフリースプラングではお互いにメリットとデメリットがあります。

平ヒゲのフリースプラングの場合、衝撃によってヒゲゼンマイの変形がほとんど見られない点がメリットですが、ブレゲヒゲのフリースプラングの場合は、ヒゲゼンマイが同心円状に伸縮運動する為に、縦姿勢でのヒゲ重心移動による姿勢差誤差が少ない、という利点が挙げられます。デメリットとして、衝撃等により巻き上げ部分のヒゲゼンマイが少し変形して、等時性に悪影響を及ぼす場合があります。今後のスイス高級時計メーカーはフリースプラング方式に流れていくのが趨勢に思えます。

従来からある、緩急針方式は、歩度の調整幅が広く、精度調整が特殊な工具を使わずにドライバー1本で出来る、というメリットがあります。しかしながら、秒単位での精密精度調整になると、フリースプラング方式よりも劣ると言わざるを得ません。

量産されていくムーブメントは、緩急針方式をとらざるを得ないでしょうが、この方式を採用している腕時計でもヒゲゼンマイ外端曲線を理想カーブに調整し、ヒゲ棒、ヒゲ受けに挟まれているヒゲゼンマイのアソビ(アオリ)を超微細にする事によりいとも簡単に優秀クロノメーター級の精度を出すという、大きなメリットを持っています。

緩急針方式の秀逸がグランドセイコーのCAL,9Sでありフリースプラング方式ではショパール(ヴァリーナテンプ方式、偏心錘がテンワのリムに埋め込まれている方式)と思われます。

フリースプラングは時計師がヒゲゼンマイを弄る機会が減り、緩急針方式では必然的にヒゲゼンマイを弄る機会が多いために時計師の腕前を上げるにはこちら方が良いかも知れません。よって緩急針方式、フリースプラング方式どちらが優秀であるかは時計師の好みによって別れると思います。