« 第289話(万年時計について) | | 第291話(ロンジン社について) »
« 第289話(万年時計について) | | 第291話(ロンジン社について) »
2007年01月22日

●第290話(昔の自動車時計について) 

先日、高級時計をお買い上げ頂いたS氏からメールを頂いたのですが、その方は40年ほど前、自動車メーカーに勤めておられて、自動車時計の設計を担当されていたそうです。

当時の自動車時計は小型モータでゼンマイを巻き上げ、ピンレバー式の脱進機を使い駆動していたそうです。『自動車時計は使用環境温度(-30度~80度)と振動(4G)により、使用環境が大変厳しく、止まらずに動かすだけでも大変な時代でした。油切れの問題・ヒゲゼンマイの温度特性・振動によるギアのフリクション変化などで精度も±5分は当たり前の時代でした』と言うメールでした。

その頃の置き時計・目覚まし時計・トラベルクロック等は、全てピンレバー脱進機のメカでした。(一部、スイス製廉価ウォッチにもピンレバー脱進機は使用されていました)天真の先端は鋭角な円錐状(メーカーにより異なっていましたが大凡45度~55度)になっており、3~4年経過すると天真の円錐状の先端部分が摩耗して半円球状になり、天真受けネジから外れて止まってしまうという故障が多くありました。

また、修理の時に天真先端の円錐の角度をあまりにも鋭角にすると、天真ホゾ受け部分が回転摩擦でえぐられて精度不良の原因になったりしました。修理を何回もしてきますとその度に天真先端部分を鋭角にするため砥石で研磨するので徐々に天真が短くなっていきアンクルとの調整も出てきて苦労したものです。(天真ホゾを砥石で研磨する作業は簡単なようで大変技術のいる作業でその作業を見れば一目瞭然で時計職人の技量が判断できたものでした)

天真ホゾ受けネジは摩耗してきたら交換するのが一番ベストなのですが少しの摩耗でしたらアモール等を掃除木に塗布し研磨して艶を出して修理もしたものでした。

クロック(ピンレバー式)の輪列車のホゾ穴には低価格のため当然人工ルビー等を使用していないので、ホゾ穴が油ぎれ等により摩擦が大きくなり瓢箪のような形に摩耗して、歯とカナが深く噛み合って止まったりして、故障の原因が多々ありました。その頃の地板は真鍮性が多かった為にホゾ穴はよく簡単に摩耗してタガネでホゾ・カシメ作業を何度も繰り返しして修理したものでした。

何度もカシメをしていますと地板自体が切れてしまい、その時はダメになった部分の地板を糸鋸で切り、新しい真鍮板を埋め込んで作業しました。特にガンギ車のホゾが摩耗したときはアンクルピンとの噛み合いが全くダメになってしまい直ぐに停止状態に陥ったりしました。またクロックのゼンマイは、切れないニバフレックスを使用していない為に、ゼンマイ切れの故障も多くありました。

こういうピンレバー式を自動車に搭載する事は、技術的に大変難しい問題をいくつもクリアしなければならなかったものと思います。その時代は道路事情も悪く、振動・衝撃も今の非ではなく設計・技術者の方々の大変なご苦労があっったものと偲ばれます。(そんな安価なピンレバー式クロックでも完全に修理調整すれば静的精度では日差±40秒前後まで精度を絞れることが出来た機械でした)

S氏のお話によりますと、昭和42年頃から自動車時計はピンレバー式から音叉式にとって替わられたそうです。S氏のメールによりますと『電子回路が当時大変稚拙でとても車載に耐えない物でした。自動車の場合電源が大変不安定でノイズが大きく、いろいろな負荷が作動したときのパルスノイズにより秒針が逆回転した事には参りました。ノイズ防止の回路を考えては繰り返しテストし、何度も対策を重ね量産にこぎ着けた事を思い出します』との事で当時としては音叉式という最先端技術でありながらも自動車時計として使うには改良に改良を重ねられたことが伺いしれます。

現在では自動車時計はデジタルクォーツ時計になったりGPSと連動して駆動する正確無比な時計になっています。