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2007年01月21日

●第263話(アンティーク・ロンジンの修理)

岐阜県の方から、ロンジン・薄型自動巻腕時計の修理依頼を7月末に受けました。 この時計は、I様から下記のようなメールが届きました。

『昭和54年5月にチューリッヒで買い求めたものですが、3ヶ月ほどの使用で時間不正確(日に20分程の誤差が出る)な状態になり、G市の時計店にて修理を してもらいました。修理後も同じ状態のため、その後3回にわたり調整してもらいましたが同じ状態でした。 カレンダー操作は可能です。このためそのままあきらめ約25年間放置していたものです。現在は時計自体も動かないようです。購入後3ヶ月ほどしか使用しておりません。』との事でした。

薄型の自動巻なので、ユニバーサルの様な、マイクロ・ローター機構を 採用しているのではないかな?と思いながら、分解に取りかかりました。

裏蓋を開けて、ビックリした事には、テンプ受け側の天真ホゾ受石が、 紛失してあり、厚めの笠車の押さえ座金も、無くなっていました。 それよりも、一番驚いた事は、複雑なツイン・バレル(二個の香箱車を搭載)機構を 採用していた事でした。

今日では、スイス高級時計メーカーのショパール、パティック・フィリップ等がツイン・バレルやフォー・バレルを採用して、手巻きの長時間駆動設計の腕時計を 売り出しています。(どちらも高額商品で100万円以上もする代物でちょっとやそっとでは買えない時計です。)25年前のロンジン社が、しかも自動巻で、ツイン・バレルの腕時計を 製造していた事は、画期的な事ではなかったか、と思います。

Cal.L994.1 25石のムーブメントで、ムーブを薄型に仕上げている為に、 ゼンマイ自体も薄く、細い設計になっていました。 その為に駆動時間は、50時間前後しか保たないのですが、当時としては、 驚くべき事だったに違いありません。

ロンジン社は、かつて、『スイスの誇りロンジン』とか、『時計工学のパイオニア』とか呼ばれていて、世界中で有名で、国際コンクールで最高の栄誉を何度も獲得した、スイスの高級腕時計の会社であります。また、権威のある天文台コンクールでは、41にも上る精度の記録を樹立している程で、精度をどこまでも追求しつづけた、超名門の時計会社でもあります。

当時、日本のセイコー社とも、緊密な関係にあり、日本のロンジンの総輸入元は (株)服部時計店がしていたほどです。 セイコー社の技術陣もロンジン社から、数多くのものを学んだに違いないと思います。

今月初めには、香川県のE様から『ロンジン・ウルトラクロン・クロノメーター』 の修理依頼を受けました。この時計(Ref.8353 SS側)は、1970年頃、定価\95,000で販売されたもので、 当時としては、最高級腕時計の一つでした。(今の貨幣価値で言うと30万円はするでしょうか?)

ムーブメントは、Cal.431(17石 36000振動 直径25.6mm 厚さ4.8mm 瞬間切換カレンダー機構)で、カレンダー無しのCal.430と共に、高精度が出る、メカ式ムーブメントでした。その当時、ウルトラクロンのオーバーホールするときは、ガンギ車とアンクルを交換する事が義務づけられていました。何故なら、ガンギ車とアンクルに『二硫化モリブデン』による、乾燥潤滑仕上げがしてあり、時計店では、その加工が出来ない為に、OH毎たびに、交換する為、修理料金が高くなる、という事で、ユーザーの方には大変な不評を買ったものです。

今では、エピラム液がスイスから入手出来る様になり、交換しないで、済むようになった事は、幸いな事だと思います。ロンジン社の30年前頃の時計修理を二個するにあたり、かつてのロンジン社は、素晴らしい技術力を保有していた事に、改めて驚きを禁じざるを得ません。 オメガ、ロンジン、インターナショナルは日本人にとても愛されてきた腕時計なのです。

今日、ロンジン社は、かつてのような勢いがないスイス時計メーカーに思われますが、 今後、ロンジン社内が一丸となって昔の栄光と繁栄と名声を取り戻して欲しい、と願ってやみません。