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2007年01月21日

●第260話(多石化競争)

昭和30年代後半に国産腕時計メーカーでは、多石化競争 (今から思えば邪道としか言いようのない競争でしたが) という、おかしな現象が起きました。

人工ルビーが、テンプの振り石やアンクル爪石、軸受け穴石・受石等に採用されていますが、一般的に手巻きで、17石、自動巻で、21石前後あるのが、普通でしたが、リコー時計が45石入りの『ダイナミック・オート』を発売するにいたり、多石化競争の口火を切ったのでした。

シチズン、オリエントがそれに追随するかのごとく、多石入りの腕時計を 発売しだしたのです。 シチズンが39石入りの、『スーパーオートデイター』、 オリエントが何と64石入りの、『グランプリ』 Cal、676を発売しました。

その当時は、石数が多い程、高級腕時計と見なされ、実際に石数が多い方が、値段が高かったのです。その頃は、ルビーと言えば、希少で高額な宝石と一般客に思われていたせいか、オーバーホールの依頼で、修理品を預かる時、お客様から、『ルビー石を抜いて盗らないで欲しい』という今から思えば、滑稽に思える事が、各時計店の売場で、そういう言葉のやり取りがあったそうです。

この多石化競争の最後には、昭和39年に、オリエント社が『グランプリ100』Cal、661という、文字通り、100石入りの腕時計を発売して、世間をビックリさせ、この時計の出現により多石化競争の終止符が打たれたのです。 極最近、この懐かしいオリエント・64石入り『グランプリ』のオーバーホールの依頼を受けました。記憶を遡れば、おそらく35年ぶりのオーバーホールになり、 興味津々で懐かしい想いに駆られながら修理をしました。

どこに、そんなに多くのルビー石を使っているか?と言えば、ローターに5石のルビー石が埋め込まれていたり、自動巻き上げ車に6個のルビー石を埋め込んでいたり、側止め板・ネジが抜け落ちない様に、ルビー石が20 個以上も埋め込まれているリングをあったり、全く必要のない、装飾としか言いようがない場所にルビー石が埋め込まれて飾られていました。(実際に裏蓋を開けたときはルビーが光って一瞬キレイに見えるのですが)

自動巻機構は、アンティーク・インターナショナルの自動巻機構 (Cal、854) を全く模倣した方式で、唖然と、させられますが、緩急針機構には、オリエント独自の独創的な方式が採用され、その当時のオリエント時計会社の技術力レベルがいかに高かったか、 思い知らされます。

緩急針は回転する風車のような形をしており、ウォーム歯車方式で、微細な緩急が出来ます。また、ヒゲ受けは一般的に細密ドライバーで、90度回して開閉するのですが、このオリエントは、三位一体となった緩急針の所にある、小さな穴に探り棒を入れて、開閉出来る、という、いとも簡単な方式です。

ヒゲ棒間のアソビ調整もセイコーCal.45系に採用されているような、 レバーを動かす事により超微細アソビ調整が出来る機能を持っていました。
恐らく、このオリエント・グランプリは、当時の国産最高峰グランドセイコーに 対抗すべく、オリエント社が全精力を傾注して開発したものと思われ、 ムーブメントを見ればその当時のオリエント社の技術陣の意気込みが 彷彿としてきます。