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2007年01月21日

●第182話(最近の「ショパール社」の動向)

世界一のムーブメント供給会社「ETA社」が近い将来、スウォッチ・グループ以外にムーブメントを供給しないのではないか、と言う噂が広まっています。真偽のほどはともかくとして、今までETA社からムーブメントを供給されていたスイスの時計会社が慌てだし、自社開発の機械を搭載した腕時計を発売しだしたのは事実です(本当にそうなったら大変な事態になるでしょうが、万が一のため逃げ道を作っておきたいというのが本音でしょう。私としてはその方が個性あるムーブメントが生まれて楽しいのですが・・。スイスの各時計会社が一貫生産メーカー・マニュファクチュールになったらもの凄いことでしょうね)。

その中で、私が一番注目しているのはスイスの時計会社、「ショパール社」です。1996年に開発したショパール・キャリバー(Cal.L.U.C1.96)の機械は本当に見事な出来映えです。ユニバーサル社がかつて発売した、マイクロローター式を踏襲した薄型の自動巻です。ローターには比重の重い22金を使用し巻き上げ効率を高め、香箱を2個導入することにより、駆動時間が65時間と、長く持つように仕上げています。

緩急針も微細調整が出来るように、懐かしいスワンネック型に作っています。振動数はプロトタイプでは21,600振動でしたが、高精度が出る 28,800振動に進化させています。このキャリバーはパティック・フィリップと同じように、高級腕時計の証明、ジュネーブ・シールを取得しています。

特に特筆すべき点は、平ヒゲゼンマイが主流を占めている今日、あえて調整作業のむずかしい巻き上げヒゲゼンマイを採用したことです。パティック・フィリップ、オーディマ・ピゲ、バセロン・コンスタンチン等の最近のスイス最高級腕時計の機械も平ヒゲゼンマイを多く採用しつつある今、ブレゲヒゲを取り入れた事は、英断と言っても差し支えないでしょう。

ブレゲ巻き上げヒゲゼンマイは伸縮運動をする時に真円状態になっている為、ヒゲゼンマイの重心移動が極めて少なく、重心移動による姿勢差誤差が少ないのです。
極論すれば、ブレゲ巻き上げヒゲゼンマイを採用している調速機は、トゥールビヨンに匹敵する精度を持っていると言っても過言ではないかもしれません(ROLEX社はブレゲ巻き上げヒゲゼンマイを意固地なまでに今日まで採用しつづけている希有な時計会社です)。

平ヒゲゼンマイの場合は、どんな熟練な技術者がヒゲ調整しても必ず重心移動が起こり、その為に姿勢差誤差が生じます。かつてセイコー舎は、この難問を解決する方法として、キングセイコーの平ヒゲゼンマイのある場所に、ゴミのような金属片を取り付けていました。初めてこのキングセイコーの修理をした時は、ヒゲゼンマイに「ゴミが付いている」と錯覚するほどでした。でもこの方法はあくまで邪道だと私は思っています。

ブレゲ巻き上げヒゲゼンマイに匹敵する高精度のメカ式調速機はこれから出現しないものと思います。かって天文台コンクールに出品された精度競争用の腕時計・懐中時計はどれもがブレゲ巻き上げヒゲゼンマイを搭載していたことからもわかって頂けると思います。「ショパール社」の今後の動向に大いに注目です。

・・・・余談・・・・
「ショパール社」にはブレゲ巻き上げヒゲゼンマイの内端・外端の理想曲線カーブを出来る時計職人は数名の方のみしかいないと言うことです。あるスイス時計会社では有能な女性時計技術者一人しかこのヒゲ調整作業が出来ないのでヘッド・ハンティングを防ぐ意味で名前を明かさない時計会社もあります。CMW試験では19セイコーのブレゲ巻き上げヒゲゼンマイを内端・外端の理想曲線カーブに仕上げなければ高得点では到底、合格出来ませんでした。CMW試験が如何に超難関の試験だったか、その事だけでもお解りしていただけると思います。