« 第180話(初代・自動巻のGS(グランド・セイコー)) | | 第182話(最近の「ショパール社」の動向) »
« 第180話(初代・自動巻のGS(グランド・セイコー)) | | 第182話(最近の「ショパール社」の動向) »
2007年01月21日

●第181話(ユリス・ナルダン(ミケランジェロ))

石川県の方から、ユリス・ナルダン ミケランジェロ自動巻腕時計の修理依頼を受けました。スイス旅行の際に買ってこられた腕時計で、インターネットで検索して当店にご来店頂きました。

この時計はインジケーター付きで、セコンドとカレンダーがインダイアルにあり、結構調整が難しい機構でした(同じミケランジェロ・シリーズにムーンフェイス・トリプルカレンダー搭載の品番161-47 定価125万円があります。これも基本的機械は「フレデリック・ピゲ社」Cal.9640と同じです)。

ナルダンキャリバーはCal.17-6 19石でしたが、もとをただせばブランパンにムーブメントを供給している「フレデリック・ピゲ社」 Cal.9640から派生して生まれてきた見事な機械です。自動巻であるにも関わらず、厚さが3.25mmと言う薄さの為に、組立調整が極めて難しいものでした。

この時計の故障の一つに、針を合わせる時にリューズを引っ張ると抜け落ちると言う事がありました。一般的にこういう故障は、オシドリネジがゆるんでいる場合や、オシドリの巻真の溝に入るピンが摩耗してへたっている場合や、オシドリを押さえる日の裏押さえバネが折れている場合等が考えられます。

しかし、このナルダンは薄型に仕上げて、オシドリの先端を巻真の溝に入れている為に、何百回と針合わせをしている間に、オシドリの先端が摩耗したり、巻真の溝がへたってきて抜け落ちるという原因でした。ナルダンのパーツの供給が当店では出来ないために、カンヌキとオシドリの噛み合わせを精密ヤスリですって緩やかにし、日の裏押さえバネとオシドリの噛み合わせも精密ヤスリで緩やかにして、オシドリの先端を鋭角に仕上げて修理しました。

この時計は文字板の足がネジで地板に止めない方法(単に地板穴に文字板足を入れるだけ)をとっているために、普通はケージングする前に文字板・針5 本を全てムーブに組み込んでからするのですが、ムーブのみを裏側ケース(ワンピース・ケース)に入れてから文字板・針を取り付ける方法をとっていました(巻真がジョイント方式で汽車の連結部分と似ているやり方です)。そして文字板足を入れて文字板のガタツキをケースの上層部で押さえつけて動かないようにする方法です。

薄型にするためにこのような方法を採用しているので、アフターの修理作業が大変です。セイコーのU.T.Dに自動巻を取り付けたような薄型であるために、組立調整に本当に神経を使いました。アンクルも極めて小さいために、アンクル爪に注油するのが本当に至難でした。毎日こういう時計の組立調整をしているスイス・ナルダン工場の技術者の精神力に脱帽したくなります。

・・・余談・・・
最近発売された、ある時計雑誌に、ある記事が載っていました。その中でちょっと気になる事があったので書いておきます。ある人が「ハイビートの脱進機は動きが早すぎてガンギから油が飛び散ってしまう」と述べておられましたが、この注油作業の方法はどうかな?と思います。正しい油の刺し方をすればそういうことはハイビートでもあり得ないと思うのです。一度に多くの油をアンクル爪に刺すからそうなるのであって、極少量の油をアンクル入爪に刺し、ガンギ歯3つをアンクル入爪に噛ませた後、また極少量の油をアンクル入爪に刺し、この作業を数回繰り返してガンギ車をアンクル爪に1回転させれば、油が飛ぶという事は絶対おきないことなのです。

この方法なら万遍なく適切に適量がガンギ歯にアンクル油が塗布されるのです(ゼニス等の36000振動の腕時計ではメーカーでは当然このような油の刺し方をしているはずです。アンクルの油が、ある人が言うように飛び散ってしまったら正常に長く動きません。ゼニスは長期間、精度がイイのは使用者には判りきった事実です)。

アンクル爪に一度に多く注油すると、アンクル爪の根元や、ガンギ歯の歯の根元の方に流れてしまい、結局油を多く刺しても、適量を適切に刺すよりも全く逆効果になってしまいます。よく雑誌で「ハイビートは寿命が短い」言っていますが、このようなアンクル爪の油の刺し方では、当然そのようになってしまうのも仕方ない事です(もう一つの飛び散る原因は、ハイビート専用のアンクル油ではなく、粘着力の弱いロービートのアンクル油を刺している場合も考えられます)。