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2008年07月05日

●続時計の小話・第86話(ネジの弛み)

先日、スイス高級手巻き腕時計の修理依頼を受けました。故障個所は、時刻(針)合わせは出来るけれども、ゼンマイが一切巻けないという故障でした。分解する前に、故障の原因は、大凡予想がついていました。

恐らくカンヌキバネが折れて、カンヌキがオシドリと連動しない場合や、巻き真が中途で折れている場合、オシドリの巻き真の溝に入るピンが摩耗・損耗して効かない場合や、オシドリ・ピンが折れている場合、等が直ぐに思いつきました。

文字板を外して、日ノ裏機構を見てみますと、カンヌキがキチ車とツツミ車の間に挟まって、カンヌキが動かない状態になっていました。

原因は、日ノ裏押さえのカンヌキに近い方のネジが半回転ばかり弛んでいた為に、カンヌキが上方向に動きだし、外れた為の故障だと解りました。僅かネジが少しゆるんだだけで、時計としての機能を果たさないという事に驚かされます。

薄型腕時計のネジを締める場合、時計職人やメーカーの時計組立工は、細心の注意を払っています。
強くネジを締めすぎると、ネジ頭がいとも簡単に折れてしまう場合もあり、少し手加減をすると、上記の様な故障の原因にもなります。

精密機械の技術者は、絶えず細心の注意を払わなければならない状況下にいて、いつも神経が磨り減る過酷な仕事だと痛感せざるを得ませんでした。

日ノ裏押さえネジの、締め具合だけに止まらず、腕時計の数多くのネジを締める場合には、いつも細心の注意が必要です。ムーブメントとケースを動かない様に一体化させる側止めネジもよく頻繁に抜け落ち、そのネジがムーブメント内に入り込んで止まる、という原因を作る場合が往々にしてあります。

最近のグランドセイコーの側止めネジには、固着材が塗ってあり、酷い振動でもネジが簡単に弛まない様に仕様しています。ロレックスの腕時計は、ネジが弛めば弛むほどケースと固く一体化する様に工夫している為に、ネジが抜け落ちる事は100%無い設計をされていて、なるほどと感心させられます。

自動巻ローターのネジも弛んで自動巻きが効かないという簡単な故障もあります。現行GSのローター留めはとてもしっかり設計されていて外すにもかなりの力が必要なくらい強く締められています。(メーカーの女性組立技術者にとっては大変な作業と思われます)

R社の角穴車止めネジは、とてもネジ頭が薄く設計されている為に、少しでも強くネジを締めるとネジが折れて破損する場合があり、その点をいつも注意しながら、仕事をしています。ロレックス社のネジは、他社時計メーカーのネジよりもしっかり強度を持って作られている為に、ネジが折れ込む、というケースはあまり経験がありません。ひとつのネジにも、ロレックス社の会社の完璧主義の良心的な意向が
垣間見られる思いです。