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2007年01月22日

●第282話(アンクル爪・注油)

先日、ある時計メーカーの現行品の女性用自動巻腕時計のオーバーホールをしました。ムーブメントを分解する過程で、文字盤側地板にアンクル爪に注油する時に必要な穴が2個開いていないので、ビックリしました。今まで、35年間近く、腕時計の修理をしてきて、アンクル爪注油する為の地板に穴が開いていない腕時計を修理したことは一度も無かったからです。

アンクル爪の注油は、注油作業の中で一番難しい作業です。アンクル爪に上手に油を注されているか、注されていないかで腕時計の調子は随分変わってきます。特に顕著なのが、アンティーク腕時計の場合がそうです。テンプ振角でも、上手く注されているかいないかで45度以上の差が出る場合もある程です。

アンクル爪注油用の穴が開いていない場合、メーカーの技術員の人達はどのような作業で油を注しているのか?一度聞いてみたい気がします。想像するにつけ、組み立てる前に、アンクル入爪と出爪に少量のアンクル油を塗布して、組み立てる方法が、考えられますが、これとて、非常に難しい作業だと言わざるをえません。どんなに慎重を期しても、ガンギの歯の衝撃面以外のガンギ歯の足(イタリア半島に似た形状)にアンクル油がついてしまい、歯の根元の方に流れ込んでしまう可能性もあるからです。

もうひとつの方法は、アンクル受けを組み立ててから出爪の方から、油を注す場合ですが、これとて、日ノ裏側から注す場合と違って、非常に難しい作業だと言えます。
アンクル注油用の穴2つを製造工程から、省いたことによって、注油作業が非常に難易度が高まっている為に、時計職人にとって手こずらせる腕時計です。この腕時計のOH後、この時計の名古屋支店所長が来店された時に、この点を指摘して、設計課に改善を求めるように、進言しました。

アンクル注油は、非常に大切な作業で、ロレックス社はそれを十分に認識しているためでしょうか、ロレックス腕時計ほど、アンクル注油作業がし易い腕時計は、ありません。セイコー社もどちらかと言うと、作業がし易いのですが、一部の機種に穴が2つ開いていても、出爪側からしか注油が出来ないタイプがあります。(輪列の歯が邪魔をして入爪側から注油出来ないタイプもあるからです。)その時は万遍に油がガンギの衝撃面に塗布される様に、大変な神経を使います。

8振動以上のハイ・ビートの場合、ガンギ車とアンクル爪石をエピラム液処理をするために、適切なアンクル油を注油することが簡単と言えますが、ロー・ビートの場合、エピラム液処理をしないために、アンクル油がガンギの歯の足の方に流れ込まない様に、少量づつ3、4回に分けて注油します。