« 第274話(『クロノメーター』合格規格品) | | 第276話(現行の傑作自動巻ムーブメント) »
« 第274話(『クロノメーター』合格規格品) | | 第276話(現行の傑作自動巻ムーブメント) »
2007年01月21日

●第275話(長野県の時計職人試験について)

今月始め、長野県塩尻市のセイコーエプソン社を試験会場にして、 時計職人・時計技術試験が行われました。 1970年代からのクォーツ腕時計の浸透により、労働省主催の時計修理技能士試験の試験教材はクォーツを主流にして、長年行われてきました。ここ10年、機械式腕時計の沸騰する様な人気により、機械腕時計を修理出来る時計職人の絶対数が少ない事に時計店・舶来時計輸入会社・時計メーカー等が 危惧を抱いてきました。

その深刻な悩みを解消する手だてとして、長野県の長野県時計宝飾眼鏡商業協同組合とセイコーエプソン、シチズン時計が協力しあってメカ式の時計修理技能試験が今年から行われたのです。長年のクォーツ技術試験を開催してきた為に、メカ式時計の技術試験を開催する事には、主催者側の並々ならぬご尽力、ご苦労があったものと思い、ここに敬意を表したいと思います。

小生の愛弟子にも2級、3級を受験する様、勧めてみました。試験が終わり、彼らの受験報告のレポートを提出して貰い、その試験がいかなるものであったか?判断する材料にしました。この長野県の時計職人試験が、今後途切れる事無く存続していく様に、提案したい事が多々ありましたので、当事者の方には是非受験生の真意を汲み取って頂いて、今後の参考にして頂けましたら、と思っております。(久しぶりのメカ式腕時計の技術試験のため主催者側に試行錯誤があったでしょうし、段取りが上手く行かなかったのはやむ得ない事かも知れませんが、敢えて受験生の立場に立って苦言を呈したいと思います。)

小生が時計修理技能士試験や、CMW試験を受験した時、受験講習会というものが、主催者側から必ず行われ、当時の超一流の時計技術者の先生がたの講義が 2~3日間行われました。時計修理技能士試験を近江時計学校で受験したときは、 CMWの行方二郎先生が、受験生全員が合格する様に、手取足取り懇切丁寧に時計技術の神髄を教えて頂きました。(あまりの行方先生の講義の熱心さや迫力さに圧倒され感動の余韻が 受講後も残っていた事を今でも覚えています)

公認高級時計師試験の受験の際には、CMWとして全国に名を轟かせておられました、飯田茂先生、飯田弘先生、多田稔先生、加藤日出男先生、北山次郎先生、 岩崎吉博先生等が、受験生みんなを漏れなく合格させる為に、言葉では言いあらわらせられない程、熱心に受験の心構えや、試験内容を詳しく説明して頂き、時計技術の深遠さを教えて頂きました。

諸先生がたの熱心なご指導により、難関なCMW試験と言えども、 受験生の5割が合格したのでした。 (今回の1・2級の受験生をみんなを合格させるべく試験官の先生方の努力は 余りにも少なかったのではないかと思われて残念でなりません。)

今回、長野県の時計職人試験には、1級、2級、3級の3段階に分けて 試験が行われました。 3級の受験生は約20名の方がおられ、その方々を対象にして、受験講習会が延べ 10日間行われたそうです。その事は、受験生の人達にとっては大変な勉強会になったものと推察します。しかしながら、3級試験よりも難度の高い、1級、2 級試験には、受験講習会が 一日も行われなかったのです。

この事は主催者側の準備不足であった事は否めないでしょうし、受験生諸君にとっては、大変なプレッシャーになった事であろう事は容易に察せられます。(試験事務局のセイコーエプソン竹岡一男氏と直接電話でお話ししましたが、今回の試験では1級、2級の受験生は少ないと予想し敢えて講習会を開かなかったとのことでした。しかし、喩え受験生が一人きりであったとしても、講習会は開くべきであったと、 小生は思っております。

彼ら受験生は、資格取得試験に臨むにあたり、大げさな言い方かもしれませんが、人生をその試験に賭けている人もおられるはずですので、その心意気を感じ取ってあげて欲しかったと思っています。)受験生諸君は、貴重な時間を割き、大切な費用を使って遠路から長野県まで出向いているのですから、受験生の立場にたってもう少し配慮があっても良かったのでは?と思います。

受験した愛弟子から聞いた所によりますと、腕時計のケースにヤスリで深いキズがつけられていて、そのキズを消して、鏡面仕上げする為にバフ研磨作業に多くの時間を取られ、本来の技術試験の眼目である、腕時計修理調整の方に時間をかけられなかったという事でした。小生が35年間、時計修理作業をしてきて、ケースにヤスリ掛けをした様なキズがついた修理依頼を、かつて一度も受けた事はありません。

このバフ研磨仕上げを時計修理試験の試験内容に考案し、及び試験採点をしたのはセイコーエプソン社におられる『現代の名工』の褒章を受けた方等であるとの 事でしたが、果たして、その方がたが何十年に渡り、いろんな時計メーカーの多種多様に渡る時計修理作業に携わってきたのか?疑問を感じざるを得ませんでした。

またメタルバンドの三折れ部分が極端に壊されていて、それを修復するのにも多くの時間が取られたという事でした。こういう受験生からのレポートを受けるに辺り、この時計職人技術試験は本来の精度調整・修理等の時計修理技術の技量を試す、というよりも、極端に言えばバフ仕上げ、時計外装部修理を重点に置いて問いかけるような試験内容であったのではないか?と疑問を持たざるをえません。

小生が技能士試験、CMW試験を受験した時、バフ仕上げ等の課題は一切無かったのです。 バフ仕上げ作業は、時計修理技術試験で問いかける様なものでは無く、 少し器用な方なら誰でも出来る作業です。

時計技術試験で、受験生に問う技量として、学科、腕時計の分解、洗浄、組立、注油は当然求められる基本的なものですが、それ以外にヒゲセンマイ調整能力、脱進機調整能力、部品別作能力が問われるものが普通です。そして、合否の客観的判断基準として、実技は平均日差、最大姿勢差、日較差、復元差、作業点等を総合して合否の決定を下されるものでしょう。

そして受験生に郵送された受験要項に、必ず持参すべき工具等が記載されていましたが、その記載されていない工具が必要とする修理作業があったという事は受験生の心の動揺を起こさせ、不安な気持ちで受験させるのはいかがなものであるか?と思います。テンプの振れ取り作業が、試験課題にあったのですが、この作業をするには、『テンプ振れ見器』という工具が無ければ出来ないのですが、この工具を持参しなさいとは受験要項に記載されてなかったのです。

テンプの振れ取り作業は、天真入れ替え作業に付随して行うのが普通です。今回の2級の試験には、天真入れ替え作業は無く、テンプ振れ作業のみを求めるのは、どうしても不自然な感じがします。アンティーク時計の場合、天真入れ替え作業をしなくても、何十年の使用に渡り、テンプが弄られてテンプに振れが出ている場合がありますが、それでも頻度の低い修理作業と言えます。

勿論2級の試験内容にテンプの振れ取り作業を付け加えるのは、 なんら不思議では無いのですが、 その場合は必ず持参すべき工具の中に『テンプ振れ見器』を 明記すべきではなかったのではないか?と思います。

試験会場は、カーペット敷きの床であった為に、試験当日の過度の緊張感に襲われている受験生にとって、緊張の余り、パーツを飛ばす羽目に陥り床に落ちたパーツを見つけだすのに時間がかかったという事でした。当然この様な試験が行われる会場設定には、板敷きの床が理想であります。板敷きの床の場合には、万が一パーツを落とした場合にも容易に探す事が出来、時間のロスを防ぐ事にもなります。

実技試験時間は、当初2級6時間、1級8時間と決められていましたが、 1.2級の受験生が決められた時間内に終了した方はほとんど無く、みんなが時間を延長して作業をしたという事でした。受験生みんなが、時間内に作業を終了しない、という事は、試験内容に無理がある、と言わざるを得ません。(作業時間を延長した場合は減点の対象になると事で、その事でも受験生にとっては心の動揺が起きたと言っても過言ではないでしょう)

主催者側の試験官が、あらかじめ事前に試験課題に取り組んで作業時間以内に 果たして出来るのかどうか? 十分に確認すべきであったのではないか?と思います。

今後、メカ式腕時計の修理が全国的にかなりの数に上っていく傾向があるため、メカ式腕時計の修理職人を早急に育て上げる為にもこの長野県、時計職人技術試験が真に世間から認められるべく、主催者側の皆さんには大変なご苦労をお掛けする事になると思いますが、若い時計職人を育て上げる為に頑張って頂きたい、と思っています。(資格取得試験が大学受験のように受験生を選びふるい落とすための試験ではなく、皆が合格する為に指導するようにありたいものです。)

また受験生には、試験終了後、合否の連絡がありましたが、 試験教材の腕時計の返還がありませんでした。受験生は受験費用を払っているのですから、当然試験教材の腕時計は受験生に帰属するものと思われ、返還していただきたいと思います。返還された教材を再度、修理し見直す事により、受験生の技術もさらに 上達してゆくのではないか、と思います。

小生も技術試験を受けた時、試験教材の腕時計は全て返還していただき、 受験の記念として大切に手元にのこしてあります。 また、採点の基準の方法が適切では無いと思われ、受験生各自が納得する 客観的な評価で合否判定をしていただけたら、と希望します。

主催者側の試験官の諸先生方も小生のこの、『時計の小話』を読んでおられるとの事、光栄な事と存じますが、非礼な表現もあったかもしれませんが、受験生の立場にたって、来年度の試験から、適切で公平な技術試験になるべき、関係者諸氏の方々には 努力して頂きたく思っています。