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2007年01月21日

●第246話(難物修理について)

昨年の、9月に読者の方から、チュードル・デイデイト自動巻腕時計のOH依頼を 受けました。 約30年ほど前に、製造されたチュードルで、搭載されていたムーブメントは Cal.ASア・シールド1882/83  1895 21石が入っていました。

このムーブメントは当時、ラドー等にも採用されていた、そこそこ有名な機械です。 分解修理する前に、針合わせの状態で、針が簡単に回ってしまう為に、 筒カナの役目をする歯車を締めなければならない、と思いながら作業をしました。

このムーブメントは、セイコーのCal.56と同じく、2番車が地板のセンターになく、巻き真先端の所に2番車を配置する方式です。このASのムーブメントにも勿論、筒カナはあるのですが、筒カナと同じ役目をする歯車は、2番車の上に覆い被さる様に乗っている小さな鼓状の歯車です。この鼓状の歯車の『置き回り』を防ぐ為に、非常に鋭角な工具で中央部を叩いて、 締め直さなければいけません。当然、その歯車の穴には、抉り棒を入れ、鋭利なもので叩く自作のポンスと同じものを下に受けて作業をします。

非常に小さい(高さ1.07mm 幅1.80mm)という歯車の為、カシメる時は非常に神経を使います。適度な強さで、叩かないと、この小さな歯車はいとも簡単にヒビが入ったり、割れたり、変形したりしてしまう為、最大限の注意が必要です。上手くカシメられて、修理完了し、一週間の様子見が終わって後、お客様にお渡ししましたが、やはり、置き回り状態が起き、時計自体は順調に動いていても、長短針が全く動かないという状態になり、再点検を頼まれました。

これ以上の、この歯車のカシメ直しは無理だと判断し、T時計材料店にこのASのパーツを取り寄せて貰うように手配を致しました。古い機械なので、入手するのに不安がありましたが、3ケ月後にやっとこの筒カナの役目を果たす鼓状の歯車を入手してもらいました。(1回目は違った歯車が送られてきてガッカリしたものでした。)やっと手に入った、と安心し、取替作業をしましたが、やはり、置き回り状態が続く為、原因がどこにあるか?と二番車の心棒を60倍の双眼顕微鏡で見てみましたら、やっぱりへたって摩耗しているのがわかりました。

歯車の心棒の摩耗なので、再度T時計材料店に2番車を取り寄せて頂くよう、手配をしました。T時計材料店の親爺さんの話によると、古いムーブなので手に入らないかもしれない、と念を押されましたが、ようやく、また3ケ月後に二番車が手に入り、修理作業をしましたが、やはり上手く作動しません。T時計材料店の親爺さんが、やっと見つけてくれたこの2番車も新品の歯車ではなく、おそらく、中古の良い状態の歯車を捜し取り出して、送ってきた物ではないか?と 思っています。(古いムーブなのでその行為は仕方ないものなのかもしれません)その為に折角手に入れた部品なのですが交換してもやはりうまく作動しませんでした。

機械式時計は、耐久性に優れたものがあるのですが、 一度やっかいな故障の原因になると、なかなか修復するのに時間がかかるものなのです。(ましてや古いムーブメントのパーツの入手には骨折りするものです。)弊店には、こういう難物修理が10個以上残っており、ほとほと神経をすり減らしてしまいます。

サービスセンターの様に、出来ないものは出来ない、と容易に断ってしまえば済むことなのですが、弊店のHPを見つけて、いわれのある時計修理の場合、なんとか直してあげたいものと思っています。こういう何回も手をかけても上手く作動しない時計修理に遭遇しますと、神経も体力も消耗してホトホト疲労困憊してしまいます。(フィリップ・デュホォー氏も難物修理をしてなかなか上手くいかないとき、彼は床を靴でドンドンを悔しがって叩くそうで階下におられる奥様は、また大変な修理をしているのかと同情の憶測をされるそうです。)

最近、電話でお話した、CMWのE氏も長年の時計修理をしてきた疲労の蓄積の為、 疲れ果てて52才で仕事をリタイアしたと、聞きました。 また小生の先輩のCMWのT氏、O氏も56才前後で、急逝していて 無理はダメだと自戒しています。

昨年秋以来、体調を崩しており、また非常に根を詰める仕事なのでもう少し、 余裕を持ってゆっくり、おっとり作業をしたいと思ってる今日この頃です。