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2007年01月21日

●第217話(ガンギ車の錆)

M様からスイス高級腕時計ブレゲ・マリーン・ミディアムサイズのオーバーホールの依頼を4月に受けました。機械を取り出してみると、ジャガールクルトのCal.889/2が搭載されていました。このムーブメントはJL社が1985年マスターコントロール用に開発した日付表示機能付きの自動巻ムーブメントです。パーツ総数202個、厚さ3.25mm、28,800振動で高精度を発揮する優秀なムーブメントです。この機械を搭載した時計に、有名なIWC のマーク12や、一部のオーディマ・ピゲにも採用されています。

分解・洗浄・組立段階になり、ザラ回しをしてみますと、何かひっかかる様な動きをするので、輪列の歯車をルーペで細かく点検をしてみますと、ガンギ車のカナと歯にほんの少しのサビが見つけられました。

時計用強力瞬間サビ取り剤『リザーW』でサビ取りをし、再度組立、調整してみますと動いたので、腕にはめて実測してみても何ら異常が無かったので、大丈夫だと確信しお客様にお渡ししましたが、しばらくすると、やはりゼンマイの巻き上げが少ない時に止まるのです。

機械は一度サビますと、完全に100%サビ取りは不可能で、古い時計ならパーツが入手出来ないので、やむを得ず交換しない場合があります。まだこの機械は現役のムーブメントなので、ガンギ車を交換しようとアッチコッチの時計材料店に問い合わせてみました。

知人のCMW技師にも頼んでもみましたが、今では輸入元のパーツはコンピューター管理されているために部外者にはなかなか手に入りにくい状態だというのでほとほと弱っておりました。どこの時計材料店からも入手出来るという返事が貰えず、わずか一軒の大阪のT時計材料商店から、スイスオーダーすれば入手出来る可能性があるという返事を頂きました。T商店の親爺さんに頼んでJLのガンギ車をスイスから取り寄せる手配をしていただきました。

一ヶ月あまり待って、7月の下旬にようやくスイスから弊店に届きました。丁度その頃、難物の修理をしていたためにブレゲの修理に取りかかるのに、 4、5日遅れてしまいました。ようやく難物も修理完了し、サァこれからブレゲをやるぞ、と意気込んでガンギ車をカプセルから取り出してみるとなんと、ガンギ車のアームがサビているでは、ありませんか。スイスからの輸送中か、それとも、丁度高温多湿の日本の夏の時期に4、5日間カプセルの中で放置した為か、どちらが原因かわかりませんが、クレームをT商店に言う訳にもいかず、仕入れ原価12,000円のガンギ車がダメになってしまったのです(それにしても何と高いのでしょうか。ETAの2892-A2のガンギ車なら下代2000円前後で購入できるのに)。

やむを得ず断腸の思いで再度スイスオーダーをかけて頂く様に、T商店に頼みました。T商店の親爺さんの言う事には、丁度八月は夏のバカンスで、一ヶ月近くあちらの業者は休むので、納品が遅れることを了承して欲しいと言われ、お客様に迷惑がかかりますが、やむをえず了承し、オーダーをかけて貰いました。

やっと、千秋の思いで今月の初めにスイスから二度目のガンギ車が到着し、ようやく、修理完了しました。順調にいけば、メカ式腕時計の修理は二週間もあれば出来るのですが、超精密機械なので、一度機械が壊れて拗れると、修理完了まで3ヶ月から長い時で、半年もかかる場合があるのです。M様は弊店のお得意様で、修理期間が長かったにも拘わらず信用して頂き、一度も催促や、クレームを言われず、本当に助かりました。