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2007年01月21日

●第216話(ザラ回し)

落下・衝撃・磁気等による故障や、定期的なオーバーホールの修理依頼受けた時、必ず機械を全てバラすまでに、点検する事項は沢山あります。ヒゲゼンマイの状態はどうなっているのか?天真のホゾのヘタリは無いかどうか?脱進機の作動は正常かどうか?、針・カレンダー・自動巻は正常に作動するかどうか等を大雑把に見ます(私の場合は、洗浄するまでにヒゲゼンマイの調整を予めほとんど仕上げて、組立の段階で再度、精密ヒゲ調整をします)。

ムーブメントを全てバラし終わった後、必ず掃除棒と手荒いのハケで洗浄を行い、受石・穴石に付着している古い油を完全に拭い取り、キレイに仕上げます(掃除棒で、受石・穴石の古い油をこすらないで、いきなり超音波洗浄機にかけても古い油はほとんど落ちません)。超音波洗浄をして各歯車の組立の段階になりますが、ここで一番注意しなければならない要点があります。

アンクル・テンプを除いたガンギ車までを地板に組み立てて、角穴車の歯をコハゼに1目盛りだけゼンマイを巻き上げて、スムーズに2番・3番・4番・ガンギ車が抵抗なく回ればまったく問題は無いのですが、10年、20年と機械時計を使用してきますと、このザラ回しがうまくいかない場合が往々にしてあります。

時折、注油後、角穴車を半回転してもガンギ車までゼンマイの力が伝わらず、ガンギ車が回転しない場合があります。その原因はゼンマイのヘタリも考えられますが、一番良く見受けられるのは、『歯』の摩耗と、『カナ』の損耗です。穴石に人工ルビーを使用している場合はどうもないのですが、穴石に人工ルビーを使用していないアンティークの腕時計の場合、軸受けが摩耗して、極端な場合『ひょうたん』のような形状になる場合があります。その場合は、歯とカナがつっかかり、ゼンマイを巻いても輪列の歯車は、回転しません。

組み立てる段階で、輪列のザラ回しは非常に大切な点検作業であると、痛感する時があります。最近出くわした事ですが、今年の始めにO社の自動巻腕時計のオーバーホールをした人から、時折調子が悪いので、再度見て欲しい、と言われました。
購入後4年なので、何が原因なのか預かって見てみましたが、やっぱり腕につけると数時間で止まるのです。全てを分解して一つ一つのパーツを見てみましたが、なかなか、コレという原因が掴めませんでした。

ザラ回しをしてみますと、購入後4年にもかかわらず、角穴車を半回転以上しないと、各輪列の歯車が回らないという事が起きていました。まさか、4年ちょっとでカナが摩耗しているハズは無い!と早合点していた為に、カナの点検をもう一度60倍の双眼顕微鏡で見てみますと、カナが若干損耗している形跡が見受けられました。
カナの損耗(歯車の歯が当たることのより起こるキズ)によりゼンマイが十分に巻かれていないときに停止したものでした。

よって、時計材料店より、ETA2892の3番・4番・ガンギ車を取り寄せ、交換してみますとザラ回しが正常に動きました。精密機械の時計にはあってはならない事なのですが、製造段階で部品のムラが多少ともあるという事を痛感した事例です。