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2007年01月21日

●第175話(時計油2)

複雑時計が多く、今人気絶好調のF・・・は故障が多いと言うことを、あるスイス輸入時計会社の営業マンから聞きました(その事を聞く前から私は当然そうであろうと思っておりました)。

何故なら複雑時計になると、一つの香箱ゼンマイで20個前後の歯車等を動かすことが当たり前になるからです。当然、末端の歯車になるとゼンマイのトルクが弱まり、かすかな抵抗で停止します。肉眼で見えないような非常に細かい糸くず1本で止まった腕時計の修理に、今まで何十回と遭遇しています(単純な手巻腕時計でさえ、1個のゼンマイで香箱車、1、2、3、4番車、ガンギ車、アンクル、テンプ、日の裏車、筒車、笠車、小鉄車という12個の歯車等を動かすのです)。

定期的にオーバーホールしていれば、そういう油ぎれによる故障原因も少ないでしょうが、ちょっと油断して期間をおいてしまうと油が乾燥し、その粘着力で末端の歯車が回転しなくなる、という事になるのです(またユーザーの方の誤操作による故障も多いかもしれませんが)。複雑時計は手巻きよりも部品数が 3倍以上にもなり、一つのゼンマイで動かすことが相当な負担になるために故障が多いのがわかって頂けたでしょうか。部品数が多い複雑時計やクロノグラフが故障の原因が多いのはある意味では宿命なのかもしれません。

手巻きムーブメントの名機・セイコーCal.45は、想像を絶する精度が出ました(私は日本時計史上、最高傑作の腕時計だと今でも確信しています)。セイコーCal.45は設計上、普通の手巻きよりも輪列に2個歯車が多く、10振動のハイビートで、強力なゼンマイを内蔵していたために、定期的なオーバーホールを怠るとゼンマイが一瞬にして切れ、その爆発力で香箱の歯が欠けるという前代未聞の故障が起きたのです。腕時計にとっては油切れは致命的な故障になることがあるのです。

一つの腕時計の文字盤に、レトログラードを2個以上搭載している腕時計は、それなりに気を配ってオーバーホールをしないと、度々故障に遭うものと私は思います。

腕時計にとって、精密油は非常に重要な要素を占めます。特に、アンクルとガンギ車が接触する所の油は重要です。その油の差し方如何によっては、オーバーホールの他の作業が満点であっても、その一点だけミスすれば「長く正常に動かない」というクレームに出会うのです(時計職人の腕の良し悪しはアンクルの注油をみればそれだけで一目瞭然と言っても過言ではないのです)。

ロレックス等のスイス高級時計には、油が拡散しないために、エピラム液処理を施します。この処理によって、大切なアンクル・ガンギ車の油の保有期間は倍に伸びるのです。かつてロンジン・ウルトラクロン(10振動)の腕時計のオーバーホールをする時は、異常がないにも関わらず、アンクルとガンギ車を是非を問わず交換するというのが厳守されていました。これは何故かというと、交換用アンクルとガンギ車の接触面にエピラム液処理がメーカーでなされていたからなのです。でもこの交換するためにオーバーホール代金がかさばり、ユーザーのクレームが起こりこの方法は自然消滅しました。当店ではROLEX等の高級時計のオーバーホールには、エピラム液処理を施しています。