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2007年01月21日

●第149話(時計の蘇生について)

石川県小松市のY様から修理依頼を受けた、完全停止の40年程前のオメガ・ジュネーブ手巻き腕時計(Cal.284 17石)のムーブメントは、この1年間修理してきた腕時計の中で5傑の中に入る素晴らしい機械でした(あとの4傑はROLEX Cal.1601、SEIKO Cal.4500A  5146A、インターナショナル CaL.41かな?)

修理の結果、5振動のロービートにも関わらず、日差プラス2~3秒以内に調整出来ました。

ブレゲ巻上げヒゲで、高精度が出る仕組みになっていました。地板等は赤色金メッキに仕上げてあり、どのネジ1個にも手抜きの無い作業がしてありました。ネジも堅牢に作られており、未熟な技術者がネジを締め過ぎてもネジ頭が取れないようなしっかりとした作りでした(あの頃のオメガ社は絶賛に値する時計を数多く作っていたのですね。精工舎もお側に寄れなかったのではないでしょうか?)

長年使われてきた為に、文字板・ケース等はかなりくたびれていて、見栄えは悪かったのですが、機械は完全に新品の状態のような調子の良い腕時計に蘇生しました。

日本全国から私の腕を見込んで、父親や祖父の形見の腕時計が送られてきますが、錆びていない限り、十中八、九、修理完了するように努力しています。大変な修理作業が多いのですが、修理依頼人の喜ぶ顔が浮かぶと、何とか直してあげたいと思いながら毎日、悪戦苦闘しています。完全に止まっていた腕時計が、命を与えられてテンプが再び動き出した瞬間は、時計職人として最高の喜びでもあります。

時計の機械は腕の確かな技術者にかかれば、再度動き出しますが、人間の命はそんなわけにはいかないのがはかないです。

父方の遠い親戚にあたる、滋賀県H市のO時計店の一人息子・・・君は、近江時計学校を優秀な成績で卒業し、21才の若さで2級時計修理技能士を最高点で合格し、知事賞受賞という名誉をうけました。彼は将来、CMW獲得をするという目標を持っていて私に熱い情熱を語っていましたが、突然、不治の病に冒され20代の若さで不帰の人になってしまいました。

ご両親は非常に落胆され、番頭さんに時計店を譲って引退されてしまいました。
人間の病はどんな名医にかかっても、治らない場合があるということがその時、
よくわかりました。

お医者さんという名誉ある職業は本当に大変なプレッシャーのかかるお仕事だと思います(毎日、本当にお疲れのことと存じます)。時計の命は腕の確かな職人にかかれば命は復活しますが、人間や生物の命は一度失ったら取り返しがつきません。
自分の命も勿論一番大切ですが、周りにいる人達や生き物の命も出来うる限り
大切にしたいと思った次第です。