●第126話(シチズンの歴史に残る名作達)
アンチ巨人ファンがいるように、アンチ精工舎のシチズンの熱烈な支持者が世の中には一杯おられると思います。シチズン・ファンの方々には堪えられない、痺れるような待ちに待ったお話をしたいと思います。
シチズン(尚工舎時代)は、1924年に第1号の純国産の懐中時計を作りました。この時計は余りの見事さ故に、時の天皇陛下にも愛用されるという名誉を受けました。
腕時計では5振動(ロービート)が当たり前の時代に、1951年初めて女性用6振動の腕時計を製作しました。過去に於いて南京虫と言われているシチズン小型腕時計がそうです(短径16,0mm 長径19,0mm 厚さ3,6mm)。
目覚まし機能が付いたセイコービジネスベルが1967年に売り出されるよりももっと早く、1958年にシチズンアラーム腕時計が世に出ました。腕時計が貴重で珍しい時代に、このような腕時計を作ったシチズン技術陣の進取の気性に驚かされます。
国鉄の車掌さんの標準時計として19セイコーと共に採用されたシチズン・ホーマーは1960年に生まれました。この手巻きの腕時計は安価のわりには高精度が出るために、時計修理技能士試験の教材にもなりました。今でも時折修理依頼が来ますが、いとも簡単に高精度が出ます(大型テンプの為でしょう。そう言えば初期のグランド・セイコーも大型テンプを採用していました。現在では駆動持続時間を長くするために、どちらかと言えばテンプは一般的に小型化していると思います)。このホーマーはシチズンを大きく飛躍させた貢献度大の腕時計と言えるでしょう。この時計はインド・アメリカへ輸出され人気を博しました。
セイコーにダイヤショック(耐震装置)があるように、シチズンにはパラショックが1956年生み出されました。穴石にも渦巻き状の耐震バネが付いているために、ヘリコプターから落下させても天真は折れないという驚異的な代物でした(私見ですが、パラショックの方がダイヤショックよりも耐震性に関しては上をいくものと 思っております)。
1958年にシチズンは初めてシチズン・オートと言う自動巻腕時計を作りました。
本格的には1961年にシチズン・ジェットと言う製品を生み出しました(この機械は個人的には余り好きなムーブではありません)。
セイコーにゴールドフェザー(1960年製造 厚さ2,90mm)があるように、シチズンにもダイヤモンドフレークと言う薄型腕時計がありました。1962年に売り出され、厚さ2,70mmで25石で当時の価格で11000円しました。シチズン社はいつもセイコー舎を意識してそれに対抗する腕時計を作ってまいりました。
同じ1962年にはシチズン手巻き腕時計では最高峰の、シチズン・クロノメーター31石が世に問われました。外径30,4mm 厚さ4,5mm 大型テンプ13,5mmを採用した、超高精度が出る美しい素晴らしい腕時計でした(セイコー舎のCal、45に匹敵する私の憧れの腕時計です)。生産個数が極めて少ないために、シチズンの幻の名機と言われております。読者の方でお持ちの人がおられましたら、是非適価でお分け願いたいと思っております。普及版の最高傑作、シチズン・クリスタル7は1965年に登場しました。防水・自動巻・デイデイト機能付きでありながら、厚さ4,48mmという薄さでした。セイコー5と共に国産時計産業史に残る大衆版の名機と言えるでしょう。読者の方にも今でも所有しておられる方が沢山いらっしゃることでしょう。
このように述べてきますと、如何にセイコーとシチズンが良きライバルであったか解っていただけると思います。両社がお互いに切磋琢磨し競争したからこそ、日本の時計産業がスイスに負けないほど優秀だと世界に認められるものになったのでしょう。