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2007年01月22日

●続時計の小話・第31話(天真ホゾの洗浄)

メカ式腕時計では、新品時の機能と精度を維持するには、定期的なメンテナンスが必要な事は言うまでもありません。定期的なオーバーホールを腕の確かな時計職人に委ねれば、メカ式腕時計の寿命は、数十年の長きに渡り生きるものと思います。

数年近く使用して、故障が起きてから慌てふためいて時計修理を出すよりも、3~4年ごとの定期的にオーバーホールを出す方が、断然良いに決まっています。この頃では、ユーザーの方の認識度も高まり、故障が起きてから修理依頼されるよりも定期的なオーバーホールの依頼がグンと増えました。これは、とても良い傾向だと、思っています。

最近、気になった事があります。大手のR社、J社等の日本のオフィシャルサービスセンターにオーバーホールを依頼しますと、テンプ受けからテンプを外さずに超音波洗浄をしている、との噂を耳にしました。(勿論、テンプ上下の穴石、受け石は、外してあるそうですが)

テンプ受けから、テンプを外さないでオーバーホールをした場合、テンプ単体が取り出せない為、天真の上下ホゾをブラシで手洗いを省略する事になります。天真は、一時間に18000~36000振動をしていますので、超音波洗浄だけでは、ホゾに付着した古い油が完全に除去出来ないものと思います。

弊店では、超音波洗浄をかける前に天真上下ホゾをブラシで手洗いし、なおかつ、ソージ木に天真ホゾを数回突き刺して汚れを取り除いてから、超音波洗浄をしています。

一度、テンプ受けからテンプを取り外すと、組み立てる時にヒゲゼンマイを必ず再調整しなければなりません。おそらく、その手間をサービスセンターでは省略する為にそういう作業段取りを取っているものと思われます。しかしながら、そういう作業をしていますと、時計職人がヒゲゼンマイを弄って調整する能力がますます、喪失されていくのではないか?と懸念を覚えざるをえません。

時計職人の重要な要素の中に旋盤を自由自在に操り、天真、巻真等パーツを別作する能力がある事ですし、また細かい作業を長時間に渡り忍耐強く持続する能力がある事です。また、一番肝要な事にヒゲゼンマイを両手にピンセットを持って自分の意志通りにピンセットを動かして、ヒゲゼンマイの外端、内端を理想曲線に修正する能力があるかどうかが、最重要視されます。

サービスセンターの様なやり方ですと、時計職人のヒゲゼンマイ修正能力は、なかなか向上しないのではないか?と思われます。最近、マニュファクチュール化にめざましい躍進を遂げているC社が、巻き上げヒゲ搭載の自社ムーブメントを開発出来たのも、ヘッドハンティングにより、ブレゲヒゲゼンマイを完璧に仕上げる時計職人を獲得出来たからだと、巷間言われています。

その事からも解るように、時計職人の大眼目は、ヒゲゼンマイを自由にピンセットで操れるかどうか?にかかっている、と断言しても言い過ぎではないと思っています。