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2008年12月06日

●続時計の小話・第93話(高級腕時計の時計修理)

機械式腕時計の復興と共に、時計修理(オーバーホール等を含む)依頼の中で高精度高級腕時計(クロノメーター級クラス)の占める割合が、とても高くなってきたのが現況です。小生がこの業界に入った30数年前では、クロノメーター級クラスの分解掃除・修理は20個の内、1個程度しかなかった記憶がありますが、現在では、約半数近くが高精度メカ式腕時計になっています。

ユーザーの方の精度を求める要求が強いと共に、メカ式時計愛好家の方が増え、また可処分所得が豊かになり、高級腕時計がよく売られている事も原因に考えられます。

若い頃はクロノメーター級クラスの腕時計のOH時は嬉しくて意気込んで作業をしたものですが最近では殆ど毎日ですので非常に疲れるのも事実ではあります。クロノメーター級高精度腕時計を時計修理するには、経験と勘だけではとても太刀打ち出来ず、時計理論に立脚した、調整技術を習得しなければユーザーの方の満足を得られません。

精度調整には大きく分けて、二つあります。

平姿勢(文字板上・DU、文字板下・DD)における等時性調整と、縦姿勢(リューズ上・PU、リューズ下・PD、リューズ右・PR、リューズ左・PL)における等時性調整があり、それを複合的に考慮して精度を絞り込むという作業があります。(特に文字板上・DU、リューズ左・PL、リューズ下・PDが重要になります)

分解、洗浄をして完全に組み立て、アンクル注油等も非の打ち所がない注油作業をし、アンクル入り爪、出爪の第一、第二停止量を適量か確認し、ヒゲゼンマイの縦振れ、テンワの縦振れ、ヒゲゼンマイの偏心取りを100%に近い状態にした上で、平姿勢、縦姿勢の等時性の調整を行うのです。

平姿勢及び、縦姿勢の等時性の調整をする前には、ゼンマイ全巻き状態でテンプの振り角が300度前後あり、ゼンマイを24時間経過した時点での巻き上げ状態でテンプの振り角が220度以上ある事を確認してから、下記の作業に入っていかなければなりません。テンプ振り角が充分に確保できていない場合は歩度調整するには難儀なもので無理が生じます。

平姿勢等時性の調整には、ヒゲ棒、ヒゲ受けの間のヒゲゼンマイのアオリ調整が非常に重要なポイントになります。ゼンマイ全巻きと、角穴車が3回転半もどした24時間経過したゼンマイ巻き上げ状態との日差が、10秒前後以内に仕上げるのがクロノメーター級調整には要求されます。(程度の良いアンティークのクロノメーター級クラスでも、各パーツの損耗・摩耗が見られる為、テンプ振り角が十分に得られない為に日差15秒前後にならざるを得ない場合があります。)

ヒゲゼンマイのヒゲ受け内のアオリ調整は、時計職人が漠然と修理作業をするのでは無く、多くの経験を積んでデーターを頭の中に貯め込み、即座に調整する時にどの様にヒゲ調整すれば精度が絞れるか、理論と共に経験を積み上げていかなければならないでしょう。

ヒゲゼンマイの巻込角(ヒゲのピンニングポイントとヒゲ棒との角度)も平姿勢等時性に対して影響力が大きいのですが、この点は時計設計者の善処を求める以外、時計職人としてはどうしようもない所です。

縦姿勢の等時性の調整には、大きく分けてテンプの片重り、ヒゲ玉の片重り、ヒゲゼンマイの片重り、及び脱進機誤差、及び天真ホゾの微妙な曲がり等の調整が考えられます。

今日では、テンプの片重り調整や、ヒゲ玉の片重り調整等は、メーカーの工作機械の精密加工技術が過去と比較して数段良くなったのと設計が完璧なまでに出来ている為、時計職人が片重り器を使って、調整する事は皆無になりました。(特にロレックスのヒゲ玉の形状は設計に苦心惨憺の痕が伺い知れます)

ヒゲゼンマイの重心移動による誤差はピンニングポイントからの理想内端曲線にしなければ、取れない為に毎日の修理作業では、それをする事は不可能な為、出来うる限りヒゲゼンマイ偏心・収縮運動をなくす様にヒゲ調整をするのが一番大事な作業になります。ヒゲゼンマイの外端は必ず理想曲線に近い状態にしなければなりません。

脱進機誤差の調整には、爪石とガンギ歯のロッキングコーナーの咬み合いを爪石面の1/5にし、ドテピンを限界にまで狭めて第二停止量のアンクルの引きを小さくする事により、重力から受ける脱進機誤差を少なく調整する事ができますが、現在では時計精密加工技術が極限にまで理想近い状態になっている為、この作業もほとんどする事が無くなりましたが、アンティーク・クロノメーター級腕時計の時計修理には必要な調整技術と、言えます。
(古いアンティークの修理の場合、各パーツの損耗・摩耗が激しく調子が出ず、交換したくても純正パーツが入手できない時は、止まっている仮死状態を1日動かすだけでも目一杯の修理になる時があり、当然充分な精度も出ず、その時は長時間修理作業しても脱力感に襲われるものです)